第31弾:選手がみせた、その横顔 21
Inside the RICOH BlackRams
2012.02.10
リコーブラックラムズ(リコーラグビー部)を支える選手たちの、ラガーマンとしての思いや、これまでのキャリアに関するエピソードをご紹介します。リコーというラグビーチームは、彼らの個性と歩んできた道程、積みあげてきた経験が混ざりあって、今の姿があります。
強度の高いポジションCTBで日々「道」を模索(小浜和己)
インタビューが行われたリコー総合グラウンド・寮のスタッフルーム。遠慮がちに椅子に座る小浜(こはま)選手。まだ表情には、あどけなさも残る24才。グラウンドでは、必死の形相でプレイする姿と誰しもギャップを感じる。これまでどんなラグビーキャリアを歩んできたのだろうか?
「地元茨城にある常総クラブというクラブチームで3才から始めました。父がずっとラグビーをやっていて、このクラブで指導も行っていました。僕は兄が大好きで、その兄がラグビーをやっていて、母に兄の練習に連れていってもらっていたら、いつの間にかボールを持って走っていました」
恵まれたラグビー環境で、3才でラグビーをスタートさせた彼を支えたものは家族からのサポート。彼は常にその感謝の気持ちを胸に抱いているという。
「僕が中学生の頃。母が試合のビデオで撮り始めてくれたのです。それ以降、母の撮影の腕がどんどん上手くなっていって(笑)。よくそれを父と一緒に観ながら、もっとこうしたほうがいい、とプレイを振りかえっていましたね。母は今でもリコーのサテライトの試合を観にきてくれます。昔は恥ずかしくて嫌でしたけど、今は素直に嬉しいです」
そんな家族の支えもあって、順調にラグビーのキャリアを重ねていった小浜選手。高校、大学と活躍した彼に、いまトップリーグという壁が大きく立ちはだかっている。
「中学を卒業する頃、色々な高校の先生たちから声を掛けをいただきましたが、どうしても花園に出たかったので、出場の可能性が一番高いと考えた流通経済大学柏高校を選びました。念願かなって花園に出場することができ、そのまま流通経済大学に進学してラグビーを続けました。卒業後、社会人でもラグビーを続けたい気持ちは強かったですね(笑)。それで縁あってリコーにお世話になることになりました。ただ大学に比べると、正直言って、ここまでレベルが違うとは想像していませんでした。特にコンタクトの点で大学とは次元が違うと感じます。いま、サテライトの試合で、この点を意識して取り組んでいます。そのなかで、このトップリーグというリーグでどのようにプレイすべきか、少しずつ分かってきた気がします」
CTBという、より強度の高いポジションで日々「道」を模索する小浜。その道の第一歩は、ひたむきに泥臭いプレイを続けていくこと。そして、常に自分よりも強い相手を求めて学ぶことである。
「僕は、物怖じはしないタイプだと思っています。CTBで対面が有名選手だとすごく嬉しい!そんな意味では、いま毎日の練習でマア・ノヌー選手と身体を当てられるのは本当に幸せを感じています。彼から出来る限りのことを多く吸収したいと思って日々過ごしています。それとハートの部分も」
彼の同世代の選手が多く集まる今のブラックラムズ。お互いを励ましあい、またライバルとしてしのぎをけずるよい環境にある。
「皆と楽しくやっていますが、特に、野口(真寛)選手と仲がいいですね。彼とは実家が近いこともあって地元の話もしますし、なにより彼の寮の部屋にはこたつがあるので、よくお邪魔してます(笑)」
「(好物は?)とにかく甘いものには目がなくて、大学時代も同じ甘党の仲間と、よく食べに出掛けましたね。いまでは、一人でも行っちゃいますよ」
ラグビーの話題で見せる厳しい表情とは打って変わって、24才の若者のあどけないその笑顔。聞き手を気遣うかのように、最後まで丁寧に、言葉を選びながら、そして嬉しそうに語ってくれた小浜。近い将来、リコーラグビーの一角を担ってほしい選手の一人だ。