リコーが、チャンピオンになるために必要なこと - スティーブン・ラーカム × 田沼広之 アドバイザー対談 -
2012.05.28
リコーブラックラムズ(以下:リコー)のアドバイザーのスティーブン・ラーカム(以下:ラーカム)が5月7日~11日の5日間来日し、リコーの練習に合流した。ビルドアップを図るチームを指導し、コーチングスタッフと何度もミーティングを重ねた。
母国オーストラリアでは、BKコーチを務めるスーパーラグビー・ブランビーズが好調。指導者としても手腕をふるいはじめたラーカム氏に、リコーが今季目標に掲げた「トップリーグ優勝」に向けて必要なことは何か、今シーズン同じアドバイザーを務める田沼広之が聞いた。
ラグビーの試合では、帰属意識に依存しなければいけない瞬間がある
田沼: 僕は大学時代にリーグ優勝はしているけれど、リコーでチャンピオンにはなっていない。
バーニー(ラーカムのニックネーム)は、オーストラリア代表で世界一になったし、他にもいろいろなところでチャンピオンになっている。振返ってみて、ナンバーワンになったときには、何か特別な理由があったと感じているのかな。この辺りをフランクに聞きたいな。
ラーカム: ラグビーで成功するために必要なことはいろいろとある。
練習施設などの環境。よい選手。よいコーチ。そして好運。ベストプレーヤーが大きなケガをせず、試合に出続けられるというのは重要だけど、ケガをしないというのは、ある種の好運だ。それ以外にも、試合中の好運もある。――ボールの跳ね返りやレフェリーの判断の巡り合わせも運の範疇に含まれる。
ゲームプランも大事だね。状況に応じて拡げることのできる<ベースゲームプラン>が必要。さらにそれを理解できる、頭がよくてラグビーを理解しているプレーヤーがいなければならない。
そして選手同士の強い絆。メンバー同士が相手を思いやる気持ち。こんな、お互いのためにプレーしようと思わせる友情関係が、自然と築かれていく環境をつくる必要がある。
田沼: リコーにも、あてはまる部分があると思うよ。
ラーカム: うん。まずこの砧(リコー総合グラウンド)の環境はラグビーチームにとっては素晴らしいものだと思う。
施設に加えて、選手の半分くらいがグラウンドのそばの寮に、外国人選手もかなり近い場所に住んでいるというのもいいね。住環境はとても大切。メンバーが家族になることができるし、チームやリコーに属していると感じられる環境だ。ラグビーの試合では、そういう環境が育む帰属意識に依存しなければいけない瞬間がある。人が人生において「家族のために闘うのだ」と自らを奮い立たせる瞬間があるように。
田沼: そのとおりだね。極限状態というか、ギリギリのところで絆がパワーになった経験は何度かあるよ。そうやって自分たちを奮い立たせると、コントロールできないはずの運みたいなものが引き寄せられた気もするんだよね。
ラーカム: すごくよいポイントだと思う。自分たちで運を引き寄せようと心がけることは大事。
例えば、ゲームプランをもって、フィールド上で一貫性を保ってプレーし続けていれば、運についても一貫性をもって訪れる。アンラッキーが立て続けに起こるようなことはないから。
コーチングスタッフは、常に一貫したメッセージを伝えていくことが大事
ラーカム: 今シーズンのコーチ陣には外国人が多いね。彼らは現状のリコーのラグビーに違った視点をもたらすことがひとつの仕事。
ただ同時に、日本のラグビーの文化やスタイルを理解する努力もしないといけない。それはコーチだけではなく、外国人選手も心がけるべきこと。
今回の来日で一週間、コミュニケーションを図りましたが、コーチ陣は海外のラグビーの知識があって、その上で日本のラグビーを理解するために努力をしていた。非常にいい状況だと思った。
田沼: 今回アドバイザーという立場でチームに関わることになって、自分の役割を考えた。
自分はリコーで長くプレーしたから、リコーのラグビーの移り変わりや、チームとしてのクセがわかる。日本代表にもいたから、日本のラグビーについてもそれなり理解しているつもり。だから外国人コーチたちに自分の経験を伝え、チームを組み立てていく上でヒントにしてもらおうと思った。それはやりがいがあるよ。
ラーカム: 田沼さんであったり、山品(博嗣)監督であったり、岡(誠)ストレングスコーチであったり、コーチングスタッフの中にいる日本人たちの意見、価値観は成功するために必要なもの。
田沼: この間、4時間ぐらい話したでしょう。バーニーがいるブランビーズでの考え方、レオン(・ホールデンHC)が指導していたロンドン・ワスプスでの考え方、僕らが知る日本の考え方など。それぞれが自分の経験を話し、互いに耳を傾けあうことでプランが形になっていくのを新鮮に感じた。4時間があっという間だった。
ラーカム: それこそが外国人コーチを迎えるいいところ。所属してきたチームやリーグがさまざまであれば、持っているアイデアもさまざま。それをオープンにして、大きなものにしていける。
田沼: でも、自分に言い聞かせているのは「いいプランができた」で満足していてはいけないということ。これを選手に理解してもらい、グラウンドの上で実行させなければいけない。そのためのコミュニケーションが、日本一になるためにはすごく必要なんじゃないかなと。
ラーカム: そのためにはコーチングスタッフが常に一貫したメッセージを伝えていくことが大事。コーチによって伝えるメッセージが異なってはいけない。
コーチは積極的に話し合って、互いにプランを深く理解するよう努力すべき。それができて、選手に対し伝えるべきことが伝わるようになる。
優れた計画を立てられる能力が、強さを生む
ラーカム: 田沼さんがトップリーグでプレーをはじめてから、日本のラグビーはどう変わった?
田沼: 自分はトップリーグができる前の、東日本、西日本というリーグに分かれていた時代からプレーをしていた。
ラーカム: そのころと比べて選手の能力は変化した?
田沼: すごく変わったね。
ラーカム: ラグビーの理解度は? リコーに限らず日本のラグビー全体の。
田沼: 海外のコーチングなども採り入れられて、高まった部分はあると思う。
ラーカム: それは海外からやってきた選手やコーチがもたらしたものだと思う?
田沼: 大きいと思う。それに日本人でも海外のアカデミーに行ってコーチングの勉強したりというのも多くなったり。
ラーカム: スピード、スタイルはどうかな。理解度以外の。
田沼: 変わったと思う。昔で言えばオーストラリアのいい時代はそのスタイルを導入したりした。スーパーラグビーも普通にテレビで見れるようになったし、影響は大きいと思う。
ラーカム: プロフェッショナルになった?
田沼: 間違いなくなったよね。
一方でチームを運営する側とすれば、難しい問題がたくさん出てきたと思う。トップリーグが始まって、プロ選手になりたいという日本人選手も出てきてプロの比率も増えて。
すると、社員選手とプロ選手と2つのスケジュールが存在するようになる。チームとして、この管理は難しい。うまくやらなければ、チームの一体感にも影響が出てしまう。
純粋にオーガナイズのしやすさだけを考えれば、全員プロ、もしくは全員社員、どちらか一方のほうがいいだろうと思う。
ラーカム: オーストラリアのラグビーも、プロ化ですごく変わった。初期はアマとプロのミックスで今の日本に似ていた。
そうした状況では、プランニングがすごく重要だ。社員とプロ、日本人と外国人、さまざまな立場の選手のスケジュールを、システムごとに何が得られるかを考えながらうまく調整できるかどうか。リコーが優勝するには、この計画を立てる能力で、他のチームを上回っていかないといけない。今、山品監督とレオンは一緒にいろいろな計画を立てていますが、彼らは上手にやっていると感じた。
田沼: 昨季はワールドカップがあったりして日程が後ろに延び、今季は開幕までの時間が限られている。計画やコーチングのうまさが、結果に影響するであろうシーズンだとは意識している。プランニングと進捗具合は丁寧にチェックしているね。
ラーカム: オーストラリアのスケジュールの話をすると、向こうではオフシーズン、プレシーズン、オンシーズンがしっかり区分されている。プレシーズンの後に2、3試合だけしてシーズンが始まる。プレシーズンは10週間。試合は一切なし。選手を成長させるための時間と決めている。その後、チームとしての練習と試合をこなす期間をはさんでリーグ戦が始まる。
日本ではどのチームでも、オフ以外はシーズンを通して練習試合があるね。選手はそこをターゲットにしつつ、トップリーグに向けた準備もしていく必要がある。バランスをとるのが難しいように感じるときもある。
田沼: 日本は昔からの文化で「春は練習しながら試合をする」「課題を見つけて修正、夏合宿でチェック」「シーズン前の試合で仕上げる」という段階を踏んでいる。
今みたいな話はヒントになるね。チームとして伸ばしたいところがあったとして、ゲームをターゲットにしていると進みが遅くなることはある。別にスケジュールにルールはないのだから、チームでコントロールすればできないことではない。
ラーカム: あくまで可能性としてだけどね。選手たちは仕事をしている。オフシーズンからプレシーズンにかけては原則として仕事があり、シーズンが近づくにつれて練習に長い時間が取れるようになっていく。そうした条件も考慮して、最適なプランかどうかを判断すべき。
田沼: あと、選手は試合で自分たちがどの位置にあるのかを計ったりするから、試合をはさまずにトレーニングだけしていると不安になるかもしれない。でも、固定概念を捨てて、プランを考えるようにしていくべきだと思う。その上では大事なヒントになるよ。
選手は、グラウンド外でもプロフェッショナルな姿勢を
ラーカム: 選手には、グラウンド内外で自分がチームにどうフィットできるかを考えてほしい。
そしてハードワーク。とにかくハードワーク。インテンシティ(強度)をもったハードワークをジムでもフィールドでも続けてほしい。
あとグラウンド外のすごく小さなことにも意識を保つこと。プロテインを飲む、正しい食事をする、水分を必要なだけ取るといった。交代浴、マッサージもしっかり行ってほしい。当たり前のことだけど。
それから睡眠も非常に重要。選手を見ていると、いい睡眠をとれていないように感じることがある。睡眠は、リカバリー上の重要なプロセス。その良し悪しは練習の質に影響が出るので注意してほしい。
田沼: それから選手の意識。ナンバーワンになるためには、心の底からなれると思わないとだめ。あとは、今やっていることが求めている結果につながることかは、常に考え続けてほしい。自分は常に考えている。
ラーカム: 選手は砧にいるときは正しいことをやっていると思う。でも、ここではない場所で過ごす時間もかなりある。会社や職場、お客様先、そして家族と過ごすプライベートな場とか。グラウンド外でも、リコーの選手はプロフェッショナルな姿勢を保ち続けてほしい。
ただ、ラグビーのことを考えない時間があるのはいいこと。リフレッシュできて、練習に戻ったとき集中力が増すこともある。シーズンは長いので"チェンジアップ"は必要。ただバランスを保ちながら、ね。
勝利と若手の経験、 バランスよく追究しよう
田沼: 今のブランビーズではどんな指導を?
ラーカム: 僕の役割は若い選手を育てること。
若い選手が力をつけるにはトップレベルの試合を経験させること。そういう経験を積むと、選手のラグビーの理解度やトレーニングへの取り組み方はガラリと変わる。
それに、ケガをしている選手もいる。治療時のアドバイスや、ケガに備えて若い選手に経験を積ませておくことの大切さも改めて感じているよ。
田沼: でもブランビーズはいい順位(5月18日現在、オーストラリアカンファレンス1位)につけているから、若手に経験を積ませる判断は難しかったりはしない?
ラーカム: そうだね。やろうとしているのは、シニアプレーヤーを出場させて、ゲームがコントロールできているときに若い選手を入れる形。
一週間、いつも出ている選手を外に出して、新しい選手を1人入れる。ゲームがコントロールできているときなら、15人のうちその1人がまったく新しい選手だとしても、チームへの影響はそこまで出ない。
でも、出場した一人が得るものはすごく大きい。考え方や理解度は飛躍的に変わる。選手の起用では、そういうメリットを考えたバランス感覚が大事だね。
田沼: 長い目で見ると、そういう積み重ねがチームのコアを固く、大きなものにしていくと思う。
ラーカム: コーチは試合に勝つことが仕事。だから難しいけれども、とにかくバランス。勝つことだけにとらわれていると、シーズン終盤などに主力選手がケガやコンディション低下で出場できなくなったとき、替わりの選手が十分準備できていないようなこともある。
選手たちの能力を結果に結びつけ、次のレベルへ
ラーカム: リコーが今度のシーズンで優勝できたら、それはあくまで好運に恵まれてのものとなる。なぜなら昨季の順位が7位だから。
昨季スーパーラグビーで優勝したレッズは、その前のシーズンが5位。大きなジャンプアップをやってのけたけど、そういうのは珍しいこと。一般的には、ゆっくりとチームの基礎を築き、簡単にはゆるがない形をつくれたチームが強い。
田沼: ある年、瞬間的に勝てたとしても、そのままトップ4、チャンピオンを狙い続けられるチームになれるかはまた別の話。コアの部分がどれだけ頑強か、それ次第だと思う。
ラーカム: そのためには、やはり計画に則った一貫性のあるアイデアに基づくコーチングが大事。
海外のコーチはいろいろなアイデアを持ってくるけれども、日本人に比べれば在籍期間は短い。勝ち続けられるチームをつくるには、さまざまなアイデアを採り入れながらも、チームとしての方向性を保てる、山品さんのような日本人監督がいることが大事だと思う。
田沼: 最初のほうでバーニーが挙げた「状況に応じて拡げることのできる<ベースゲームプラン>」をつくるには、そういう体制が必要かもしれない。
今までのリコーは、一定期間よくても結果が出なくなると、それまでを"デリート(削除)"して、新しいものをビルドアップしようとすることが多かった。それはプレイヤーへの負荷が大きくて、その結果ビルドアップに失敗したこともあった。毎シーズンチャンピオンを狙えるチームになるには、ベースはそのままに、少し形を変えることで停滞から脱せるプランが必要だと強く思う。
ラーカム: 今コーチたちがやろうとしているのはそういうこと。でも、選手たちに浸透するには、少なくても2年、3年はかかるものだから、じっくりやってほしい。
田沼: これからもバーニーの力が必要だよ。
ラーカム: オーストラリアでやることもあるけれど、できるだけ日本に来る機会をつくりたい。
僕が初めてきた5年前から、いろいろなことが変わってきている。リコーのラグビーの形もできあがりつつある。チームはいい方向に向かってオーガナイズされていると思う。
あとは、次のレベルに進むために、選手たちの能力を結果に結びつけるだけだよ。
田沼: チャレンジするよ。
(文 ・ HP運用担当)