トッド・ローデンHC インタビュー
2008.07.18
「本音で語り合える環境ですかね」
リコーブラックラムズがトップリーグから降格して間もない頃、伊藤鐘史主将はこう言葉を振り絞った。ラグビー専門誌のインタビューで、「今後チームに必要なもの」を訊かれたときだ。
「熱いことを語り合うのが恥ずかしさになっている。一人ひとりと話すと熱い気持ちは持っているけど、それを表現できない環境にある。選手は気持ちを出す、一生懸命プレーする。スタッフにも熱い気持ちを持ってもらって、選手の気持ちを最大限に活かすための最高の準備を提供する・・・。このサイクルが回ってくると、信頼関係が出来てくると思う」
これはおそらく、危機感を抱いた全ての選手にとっての、偽らざる本音だった。
2008年6月。そんなチームに新たな外国人ヘッドコーチ(HC)が現れた。トッド・ローデン。昨季は南半球最高峰のリーグ・スーパー14のワラタスでアタックコーチとして辣腕をふるう。それまで13位だった同チームを、2位に引き上げた。そして今回の就任劇は、願ったり叶ったりのものだった。
ローデンHCが砧グラウンドで指揮を執りはじめてしばらく経った頃、伊藤は「僕、(そして)チームが最も望んでいたコーチです」と言った。
深いラグビーへの知識・造詣はさることながら、一挙手一投足からにじみ出る情熱、チームの一体感を大事にする着想が垣間見えた。質・量ともにレベルの高い練習が課されているため、選手からは「きつい」「つらい」という声が数多く聞かれるが、滝澤佳之副将曰く「ハードだけど、楽しいです」。練習メニューに日々アレンジを加えるなど、ハードワークを飽きさせずに徹底する術を、新指揮官は持っていた。
晴天の6月24日、砧寮にある食堂にて、リコー社内向け媒体の取材を受けていた。伊藤曰く「熱くて、頭のいい人」であるニューリーダーは、自らの意図と会社が求めるコメントとの最大公約数を発信する。
「リコーの『お役立ち』は、ラグビーでいう『One for All』『All for One』と同じ考えだと痛感した」
「本社事業所のロビーにある『Ring of Trust(メビウスの輪)』の光は、一つでも光らなかったら、メビウスにならない。これは、ラグビーの選手一人ひとりの輝きにたとえることが出来る」
リコーの社是や本社ロビーにあるオブジェをたとえ話に用いつつ、30分弱、話した。以降、話題はチームづくりそのものに移る。
――ここまでのチームの印象はいかがですか。
「強い選手がいる印象です。会社を大事にしているせいか、ファミリーという感じがします。あと、2つ目のポイントは、やるべきことが多いということ。ただ、それは可能性があるということなので、楽しみにしている。決して新しいラグビーの哲学を導入する訳ではない。社会人チーム、ブラックラムズとして、存在しているものを変えていくのではなく、改善していくのです」
――改善、具体的には何を。
「4点あります。コアスキル(基本技術)、コアオーガナイゼーション(フィールド内の組織力)、コンバットコンディショニング(80分コンタクトし続ける体力)、4つ目はフィールド内外に渡ることですが、(就任以前から存在するチームスローガンの)"TAFU"を理解して、それを空気だと思って生活すること」
――"TAFU"の理解、足りませんか。
「(このスローガンが掲げられて)もう3年目なんですけど、本当に皆がそれを完全に理解しているかと言ったら、僕はそうは思わない。完全に理解していなければ、モットーは意味がない。"TAFU"には色々意味がある。例えば「A」のAGGRESSION。これはどういう状況でもやっていける自信がある、パワー、自身を持ってフィジカルに実行できることという意味です。そして(「U」の)UNITYは、気持ち、アタマ、すべての要素が一つになること・・・。こうした要素をすべて理解していないといけない。
積み上げ、作り上げていくことをメインとしてやっていく。目標はトップリーグに戻ることではない。それは短期間の目標です。私たちの目標は、会社のアイデンティティを自分自身のものとして取り戻すこと。大きなチャレンジです」
――ここまでの試合や練習で、印象に残ったプレイヤーを教えてください。
「河野(好光)、相ジュニア(紘二)、田沼(広之)。彼らは向上したい、学びたいという気持ちがある。楽しみです。本当はまだ一杯いるんですけど」
――それぞれを挙げた理由は何ですか。
「河野はタレント性があって、ラグビーというゲームを勉強し、考えている。スピード、加速力もある。どんどん学びたいという気持ちがある。コーチングは教えるだけではなく『見ている』というのが大事で、私も選手がどういう動きをしているのかを見ているのですが、河野を見ていると、他の選手と『こういう動きをしよう』という話をしていたり、(スティーブン)ラーカムやジョエル(ウィルソン)にラグビーに関する質問をしている。色々と吸収していきたいのかなと感じ取れました。相ジュニアは、ボールへハードに行く(働きかける)し、素早い。将来、リコーの核になる選手です。
田沼はベテランだが、他の選手に負けない、やってやろうという気持ちがある。彼には教えられたことがあるんです。ある日の練習で、私はみんなに『昔の大学のジャージを着てくるように』と言ったことがありました。多くの選手が大学時代の栄光にしがみついている選手が多く、『過去には誇りを持っていくべきだけど、前進しよう』と言ったのです。そこで田沼さんにも、彼が入団2~3年目の時先輩に聞いたという『リコーのジャージの色の意味』を話してもらった。『みんなは色んな大学から集まったけど、ジャージの色を全部混ぜると、結果的に必ず黒になる』と。すごくいい説明の仕方で、これからみんなひとつになって、リコーの将来に向けてがんばっていこうと言ってくれた。響きました。
あ、そうだ。選手をもう一人あげるとしたら小松(大祐)ですね。ラグビーやリコーに対する思いが強い。フィールドではポンポンと色んな所に現れる。悲しい時がないのではないかというくらい明るい選手。ラグビーが本当に好きだと思う。彼も可能性がある」
――これまで個別に挙げてもらった好きな選手、共通点はどういう点でしょうか。
「ここに来てから、どんな選手が好きか、どんな哲学を持っているのかという話を聞かれます。その質問は全部、こう答えています。『パッション、熱いハートを持っている選手を選ぶ』と。スキルが高い選手がいても、気持ちがないといけない」
――選手個々の情熱と同時に、チームの一体感を大事にする印象があります。
「それがなければ、チームにはなれない。お父さんがニュージーランド人で、そういう考えを小さい頃から植え付けられた。ニュージーランドは国が小さい分、ファミリーという意識が強い。チームになるためには色んな障害物がある。チームに関わる人には、それを乗り越えることで全体的に人としてもよくなってもらえればなと。ラグビーにおいて『規律』という言葉をよく使われますが、守らなければいけないことを守っていくのは大事なことです。これは、会社に戻っても使える概念。ある意味、違った視点から会社のためのトレーニングをしているのです(笑)」
――昨季、ワラタスを13位から2位に引き上げる過程で、最初は何に着手したのですか。
「前からチームにいる他のコーチと話を。また、選手全員とも話をした。みんながどういう方向性で考えているのかを聞いて、形はいくつか改善し、あとはハードにがんばっていった。ハードワークを超えるものはない」
――ワラタスの強化とリコーのそれとの共通点は。
「共通点はない。どのチームでも独自の文化が存在するわけで、そこをしっかり使いながらうまくやっていかないといけないので、どこに行っても共通するものはない。もしかしたら、ユニークなカルチャーを知ってそこから動いていくのが、共通点なのかもしれない」
7月。ローデンが練習試合の指揮を執るようになって1ヵ月が経った。
試合後には必ずチームファンクションを行う。試合直後にリラックスした雰囲気で反省会を行えるよう、ある時はロッカールーム、ある時は遠征先の空港の会議室にドリンクや菓子を揃えるのだ。30分弱の会のなかで、初出場の選手に拍手を贈り、裏方スタッフを称え、チームの結束を意識させる。日本社会が持つ独特のコミュニケーションの手法を、よきチーム作りに有効利用しているのだ。ちなみに前の所属チームでも、この試みを続けていたらしい。
その他にも、かつてからあるチームスローガンをしばし用い、ベテランプレイヤーの含蓄を尊重する。つまりは「独自の文化をうまく使いながら動く」ことで、改革者にありがちな異物感を必要最小限にとどめている。
ただ、6月28日には喝を入れている。
この日のマツダブルーズーマーズ戦、リコーは敵陣22メートルエリアで7回ミスを繰り返していた。結果、トップリーグ未経験の相手に35対21。消化不良の感が否めなかったのだ。 試合後に選手を集めたローデンHCの口調は、厳しかった。
「会社の仕事でこれだけミスをすれば、その仕事から外されてしまうはず。どれだけ勝ちたいのか、真剣に考えて欲しい!」
7月の練習では、接点での激しさ、"あと数センチ前に出るか出ないか"の粘りが感じられた。
挫折を知ったチームに、敬意と刺激を交互に繰り出すローデンHCのプロジェクト。成果は、節々に現れている。
(文 ・ 向 風見也)