瓜生靖治選手 インタビュー
2008.06.26
ラグビーをするうえで大事なものがふたつある。
今季、神戸製鋼コベルコスティーラーズからリコーブラックラムズに移籍したCTB瓜生靖治は、そう考えている。
ひとつはハート。現代ラグビーの技術や戦術は進歩し続けているが、五分五分の勝負になった時、その分かれ目は結局、選手個々の気持ちなのだ。
「ラグビーは身体を張って、仲間を守って、ボールを守るスポーツだから、気持ちがないとできないと思う。身体を張るのは自分の気持ち(次第)だし、その気持ちひとつで、練習してきたことが試合で1(割)しか出ないのか、10(割)出るのかが決まる」
もうひとつはコミュニケーション。砧グラウンドで行われる練習の合間、瓜生は常に周囲の選手に身振り手振りで自分の意図を伝える。あるいはコーチや生え抜き選手の足を止め、言葉に耳を傾ける。
「団体競技なので、自分一人で好きな事をやってもダメ。かといって、周りに合わせて自分を閉じ込めるのもおかしな話だと思うんです。じゃあ自分がやりやすいようにコミュニケーションをとって、と」
慶応義塾大(慶大)ラグビー部が創設100周年を迎えた2年生時に対抗戦で全勝優勝、さらには大学選手権の優勝も同時に果たした。卒業後はサントリーサンゴリアス、神戸製鋼に在籍し、日本代表キャップも2、保持している。その経験値に、チーム関係者も大きな期待を抱く。
「ウチのCTBは若返った。瓜生には試合で活躍してもらうことは勿論、若いCTB陣にその経験から色々教えて欲しいと思う。自主練の面倒を見てもらったりね」
そこで瓜生が皆に伝えたいことは、パスやタックルやステップといった技術以前に、ハートとコミュニケーションなのだ。
「技術は、後からついてきますから」
――チームの公式ホームページによると、ラグビーを始めたのは『兄(瓜生丈治・現九州電力キューデンヴォルテクス)の影響』だといいます。
「僕は4歳、兄は5歳の時、一緒に(福岡・鞘ヶ谷ラグビースクールで)やり始めたんです。練習は厳しかったですよ。特に厳しくなったのは、小学校4年生くらいから。元々すごく厳しかったことに加え、他のスクールとの練習試合での勝ちを意識するようになった。当時も今と同じくらい走っていたと言えますね。走っている途中に吐く子とかもいましたから」
――高校は小倉高校へ。県下トップクラスの進学校です。
「普通の高校の授業は1限目から6限目ですかね? うちは0限目があって、最後に7限目があった。『0限目って何だよ』という感じなんですけど(笑)、7時半くらいに学校に行って、普通に授業をやるんです。で、HRが終わったら1限目が始まる。授業が全部終わったら(夕方の)5時から部活が始まって、家に着くのが(夜の)9時とか10時くらい。休みなく続けたので、それが当たり前になっていった。文武両道は僕の中では常にあること。一生続いていくのかなと、高校のときに学びましたね」
――そこから慶大に進学した理由は。
「テレビではワセダ(早稲田大学)とメイジ(明治大学)しか見ていなくて、大学ラグビーといえばその2校のイメージしかなかった。けど、当時(慶大の)監督だった上田さん(昭夫・現同大ラグビー部総監督)のお誘いがあって、手紙も頂き、それで慶應に興味を持ちました。大学としては、普通にしていたら行ける大学ではない。何より(創設)100周年という伝統のある年に所属できて、その時に活躍できたらいいな、と」
――その100周年時、大学日本一に輝きました。振り返って、あの年はどうして強かったと思いますか。
「ヘッドコーチの林さん(雅人・現同大監督)が当時最先端の理論でやっていて、上(1、2軍)の35人くらいの選手すべてが、それを理解していた点だと思う。誰が出ても、誰がどこのポジションに行っても林さんの戦術を遂行できる、すごくまとまったチームでしたね」
――林さんは専門誌で戦術解説の連載を持つような理論派であり、すべての4年生部員を入寮させるなど、チームの一体感を大事にするコーチでもありますね。
「林さんから教わったことは沢山ある。戦術もそうですけど、気持ちの面でも教えてもらいましたし。学生、社会人は関係なく、チームの目標にみんながベクトルを合わせていくチームが強いと思う」
――コミュニケーションを大事にするラグビー観は、いつから。
「それも大学から。林さんから教えてもらったことが大きいですね。色んなチームに行っても、優勝を経験している人は皆同じ考え。神戸製鋼でもサントリーでもそうだった」
――チームのスタート会(4月8日)では「これまでの経験を伝えたい」と仰いました。
「その時はチームに入ったばかりだったのでイメージは湧かなかったけど、(その時点でも)リコーの選手がどういう状態かを伝えることはできると思ったんです。環境に不満を持っているとしても『それは他のチームも大差はないよ』とか、細かい事を。社会人で、色んなチームでプレーしている経験を持っている選手はそんなにいないと思うし。で、それから1ヵ月ちょっと経って(取材時)感じた事は――」
リコーの選手、特に若手選手は、練習中のアンテナの張り方をもっと意識すればいいのに、と感じることがあるという。学生時代に築いたラグビー観を基礎に、さまざまな環境で無形の力を得てきたから、何度か練習に出ただけで色々な部分が目に付くのだ。
その例を挙げるとすれば、ウォーミングアップの取り組み方。
「『アップはアップ。練習になったら気合を入れる』というのは絶対におかしい。スピードを上げなくても、試合と同じくらいのコミュニケーションを取るとか、できることはたくさんあると思います」
隣の選手にパスを求めるとき、『放れ』とは言うが、いつ、どういう風に欲しいのかという具体的な声が出ていない。極端に言えば、パスの貰い手がそこまで考えていないこともあるのか、とも取れてしまう。
身体が動かなければ声を出す。声を出すために頭を使う、アンテナを張る――。これが試合でのパフォーマンスを向上させるための、誰にでもできる着想なのに、と瓜生は考える。チーム関係者に任された「若いCTB陣の面倒」の方針もおのずと固まった。
「練習に取り組む姿勢が高くなれば、練習でももっともっと色々な事を吸収できると思うんですよね。若い選手にはもっとアンテナを張って欲しいし、僕もそういう手助けができればと思います」
――最後に、個人目標は。
「『トップリーグに昇格したのは瓜生のおかげだよ』という爪あとを残したいと思っています。試合で活躍するのもその1つだと思いますし、『あいつが来て練習の雰囲気が変わったな』というのもそうだと思う。そういう声が聞けるようになるまで、口うるさく、言っていければいい。嫌われ者でもいいので」
吐いてしまうほどの猛練習と文武両道をぶれずに全うし、高度な戦術と一体感を後ろ盾に優勝を経験、その後も名門で身体を張った。だから「僕は絶対に、流されない」。
(文 ・ 向 風見也)